格差 他人が作った格差、自らが招いた格差
余丁町散人(橋本尚幸)の隠居小屋 - Blog
「モノに執着しておれば格差に目が行く」(日本経団連奥田碩会長)
余丁町のおじ様にトラックバックできる日を夢見ていました。
格差の話題。
奥田氏が触れた格差は、
金銭をものさしにした格差。
でも、格差ってもっと広い意味を持っている。
格差というものが一概に悪いものだとは言えない。
格差は広い意味を持っているから。
余丁町のおじ様が触れていらっしゃる。
「個人の価値基準を測る尺度がしっかりしていないので、何でもかんでもお金に換算してしか計れない人が増えていると言うことか。」
これはそのとおりだと私も思う。
そして、
その後でおじ様は、
格差ではなく、損得論議は大切だとおっしゃる。
これもそのとおりだと思います。
これによって、
おじ様が「格差」は重要ではないとおっしゃっているということではありません。
私が申し上げたいのは、
「格差」のうち、自らの実力不足で招いた格差は受け入れるべきだということ。
確かにいまの小泉内閣のこの時代、
格差と言えば
「人のせい」で図らずも生じた格差がまかり通っているが、
すべての格差がそうではないはず。
自らの実力不足、努力不足で生じた格差は
依然としてあるはず。
それまでごまかして、いっしょくたにされては、
たまらない。
余丁町のおじ様のお話とは
関係なくなってしまいました。
すみません。